2006年12月15日

K−PAX(光の旅人):2001

K-PAX.jpgK-PAX 光の旅人
ケビン・スペイシー (2004/03/03)
監督:イアン・ソフトリー Iain Softley
脚本:チャールズ・リーヴィット Charles Leavitt
底本:ジーン・ブルーワー(科学者でもある)が 1995年に発表した同名の小説を映画化。
撮影:ジョン・マシーソン John Mathieson


去っていく者はいつも謎を残す。
映画 K−PAX[光の旅人]は2001 年9月 11 日の同時多発テロ直後の 10 月にアメリカで封切られ、No.1大ヒットとなった作品だ。

SF映画好きというのは、未来的デザインの質感リアルなマシンやぶっ飛んだ空間認識やら、それらしく快適で機能的なルームセットデザインやら、特殊メイクやらを楽しむというのが通常だろうが、この映画はそういったものはほとんど出てこない。
「惑星ソラリス」を撮った監督タルコフスキーでさえ宇宙船のルームデザインはそれらしく作ってあった(未来都市のワンカットは新宿高層ビルエリアのロケだったが)。しかしこの映画の舞台はまさしく生でリアルな「現在」なのだ。


さて、こうも後ろ盾がないSF映画を撮るとなると、役者の演技能力自体がそうとう要求されるはずなのだ。SFXやそれらしいコスチュームや奇妙なメイクでガードされていれば、役者は自分が外惑星人だということをことさら派手に演じなくてもよくなる。ある意味ラクに芝居が出来る。
しかしこの映画での主人公はまったく何もごまかせない生の人間を演じるのである。ただ出生が我々とはまったく違うということを除けば…。現実的に見ればむしろ悲惨な状態の精神疾患を持つ一人の男に過ぎない。
この映画は主演のケビン・スペイシー(自らK−PAX人だと主張する者)は当代一流の役者(アカデミー賞を獲得したオスカーの評判が高い)だそうだが、その深度ある演技力をもってこそ、この映画は実現したのだろうなと納得させる逸品だ。

底本[K−PAX]についてはあるレビュアーいわく「小説を読んでいるつもりが途中で実際にあったノンフィクションを読んでいるのじゃないかと錯覚しだすくらい、変な小説」なのだそうだ。

ストーリーの中で彼が発揮する「癒しの能力」は当時アメリカでさかんに出版されていたヒーリングの未知な能力を扱ったサブカルチャーに通じていると思う。むろんそれは外宇宙の知的存在を最も強く意識している文化である。そうしたものがうっすらと見え隠れする映画でもある。
そういえば癒しの達人「キリスト」もあんな風に突然去って行ったんだよねー…。

 
タグ:SF
posted by musicpc at 21:01| 京都 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Movie DVD | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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