2007年03月12日

クラッシュ

kulashu.jpgクラッシュ
サンドラ・ブロック (2006/07/28)
東宝/2004年 アメリカ映画


監督・脚本: ポール・ハギス(『ミリオンダラー・ベイビー』の脚本家が初監督)
第78回(2005年)アカデミー賞作品賞、脚本賞、編集賞の3部門受賞

たしかに世の中甘くはない。
世の中といっても家族の中でさえそれほど甘くはない日常を人々は生きている。おまけに各国人種を目と鼻の先にして毎日過ごさなければならないアメリカとなると、ことに様々な問題が果てしなく広がるばかりだ。
とんでもない家族の、のっぴきならない十字架を背負って生きる人々をこの脚本家、ポール・ハギスは前作「ミリオンダラー・ベイビー」で描いたが、今回は彼自身の監督による映像となった。ならばやはり観なければならないだろうね。
さて手腕のほどは? というわけでけっこう期待されていたんじゃないかな。

だいたい「ドラマ」というものはどちらかというとステレオタイプな人物が登場するのが常だ。役者もあらかじめそういうお約束な演技の引き出しを持ち合わせて商売している。ところがこの脚本家の手になる人物像はまさにリアルな複雑さを醸し出す。
映画に登場するケチな車泥棒の黒人2人組みはまさにそうしたステレオタイプなのかもしれないが、兄貴分のでかい方のヤツはそうしたお定まりなイメージを辛らつなジョークで笑い飛ばすことで観客をとりあえずとまどわせる。つまりミスマッチなエスプリが映画のプロローグとなっているのだ。
穿ったことをいきなりまくしたてるこの人物は監督の代弁者といって良いのだろうか。そういう軽いジャブで事件は始まる。けっこういい感じだ。

人間というのは何も、唾棄すべき奴だからといって1日24時間四六時中唾棄すべきことを考えているわけではない。またお堅い職業の人物だからといって何も四六時中お堅いわけでもない。それはあのケチな車泥棒だってそうなのだ。そこにこのドラマの複雑な人間性の表現という妙が現われる。
その上、人はしばしば物事と人間の見えなさによって、間違えたりする。それこそ悲劇的な大間違いをしでかすのだ。

そんな大間違いをしでかす瞬間に、いったい誰が我々を守ってくれるのだろう?
映画「クラッシュ」はそんな人間の複雑さと愛おしさ、汚らしさと透明さ、怒りと安らぎを織り成すように映像化した。
答えがないわけではない。何処かにあるのではなく目の前にあるのだ、ということをこの映画は示し続けていたかったのだろう。

 
posted by musicpc at 21:07| 京都 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Movie DVD | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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