2009年02月01日

デービッド・ジンマン指揮 シューベルト交響曲8番ハ長調

NHKはたまに、とんでもなくものすごいものを平気で放映する。
何か言いたくなる音楽というものがある。べつに何も言わなければ露のように消えてしまうようなものなので書き留める労さえ厭うようなものなのだ。

シューベルトの8番はその最たるもので、何だかノスタルジックでしかも見知らぬ街に迷い込んだ旅人のように聴衆を方々で驚かせる。曲構成も普通ではない。その音楽世界は印象派のマルケが描いた、川辺の街のように幸福感に満ちているのだ。

川面に反映するコバルトブルーの青空と楽しげな雲。古い町並みには子供たちが走り、郵便配達がのんびりと家々を廻っていくのが遠くに見える。そんな街だ。
スラブ色の強い旋律が時おり謎めいた広場への扉を開くが、ジンマンは冗長になりがちなシューベルト独特の繰り返しを演奏せず、曲全体の構築を引き締めているのだ。

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2007年12月22日

ギター古典音楽の極致 ジュリアン・ブリーム

julian bream.jpg日本ではまったくといっていいほど人気のなかったブリームの珠玉のアルバム「バロック・ギター名曲集」が「RCA RED SEAL」コレクションに入っているのを見付けて、買ってきた。
私はクラシックギターをけっこう長い間弾いていたが、この人についてはまったくの無知。楽器の勉強中当時はあまり特定の演奏家に影響されたくないということもあって、未読というか未聴であーる。まあ、この写真を見る限り、人気無しなのも納得?これが30代のブリームとのこと…。

音楽は顔じゃないよ、と普通に考えている私としても、正直このアルバムを手に取ってちょっと躊躇したね。どんな音をしているのかまったく想像もつかないジャケット写真だ。イメージ不可能。
ちょっとエネルギーに満ちた性格の人かな?ぐらいの情報しか見えない。どう見てもギター演奏家というよりも、指揮者だとか、デカい会社を作って運営するようなタイプの人物象だよねこれ。

さっそく音楽ダウンロードサイトで検索して、いったいどんな演奏なのか視聴しようとしたけど、出て来ないよこの人。で、結局TowerRecordに戻って購入でした。

大体私はスペイン風奏法が嫌いなのでイエペスなどは聴かない。あくまで北ヨーロッパ古典主義であーる。ギターが好きでスペインが嫌いというのも何だそれは?と自分でも思うが、ヨーロッパにはリュートの歴史があって、宮廷音楽の範疇にギターの前身はちゃんと入っている。バッハにはリュート組曲という至宝があって、それを書き残してくれたバッハの所持品の中にもリュートはちゃんとリストされている。

ギターはリュートの改良品で、その携帯性と構造的単純さをもって高貴なお歴々のお屋敷から脱出し、場末の酒場にまで入り込んでしまったというだけの話だ。それをさらにスパニッシュが文化の域まで広めてしまった。
元々ギターは高雅な人々に愛された楽器であって、酒場でバカ騒ぎする時の伴奏楽器ではない。で、このバロック・古典音楽のギター曲集だが、まさしくバロックである。
演奏の好みもピッタリ一致。実はギターのギターらしさな演奏というものは後々スパニッシュが自国の民謡や舞踏音楽の伴奏によって広めたもので、何もスペイン臭がギターらしさでは断じてないのだ。
そういうことが判断できる傑作の一枚である。聞き流せるというのも古典音楽の心地よい特徴でもあるが、それは氷山の下に隠れた本体のように大きな演奏技術が支持しているからに他ならない。

私もバッハリュート組曲の楽譜ぐらいは持っていて、好んで弾いていた時期もあったが、演奏技術も持っているわけではないので、いまだ全曲は未踏である。

posted by musicpc at 01:42| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | Music CD | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月20日

Archie Bronson Outfit

Archie Bronson Outfit.jpgただのガレージバンドではないですね。
よく聴いてみると音楽的にかなり練られているのが判ると思う。つまり彼らの音楽は「激しい」とか「ヴァイオレンス」だとかで片付けるほど無神経で荒削りではないということだ。
私は10年余りロック・ポップスなんぞ、あまりのワンパターンと出来合いのつまらなさに聴くことがなかったが、つい最近TOWER RECORDSの試聴でArchie Bronson Outfitを知った。
だいたい聴くこともない人がいったいどうしてCD屋になど入ったのかというと、前記事にも書いたように、ひとえにIGGY POP様のおかげであ〜る。
またロンドン出身だということも私の音楽的趣味に合致してしまった。

この曲集を聴いていると確かに彼らにはギターの超絶技巧や演奏技術はさほどないかもしれない。しかしそれがどうした。オリジナルでエモーショナルな音楽作りにおいてそれらが必ずしも必要ではないことが判る。要するに表現が充足していればそれで足るのである。
音楽の音楽である時の当然あるべき楽曲構築ということにおいて彼らはかなり知性的だと感じる。
DOMINOのオーナーの耳は確かだった。よくぞ見出してくれましたと感謝ですね。

 
posted by musicpc at 13:02| 京都 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Music CD | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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